愛らしさは、つよさ 絵描き・やまぐちめぐみ
絵描き・やまぐちめぐみさんを知ったきっかけは『暮しの手帖 2022夏号』でした。
『暮しの手帖 夏号』をめくっていたら、ブルーの服を着る男の子なのか?女の子なのか?腕に子猫を抱いてこちらを見ている。
その子がどんな気持ちでいるのか?いろいろにとれる、ちょっと不思議な感じのする絵が目に飛び込んできました。
タイトルと絵に続いて、
その絵で、生きざまで、多くの人に愛された絵描きがいた。
2015年、病のために49歳で早世した、やまぐちめぐみさん。
友人のひとりであるライターの石川理恵さんが綴るのは、小さき者たちと、足元の暮らしを慈しみながら、つよく生きた姿。
彼女が生涯で追い求めたものとは、何だったのだろう。
と記されていました。
『暮しの手帖』に紹介された、やまぐちめぐみさんの描かれた絵とライターの石川理恵さんの文を読んでいると、やまぐちめぐみさんの生きたあかし(残した絵や生き方)をもっと知りたくなりました。
3ヶ月ほど先の10月下旬から11月上旬にかけて、彼女の作品展が長野県の安曇野で開かれると案内されていたので、その日を心待ちにしました。
その後、私は10月にコロナの濃厚接触者、さらには感染と、危うい状況が続きましたが、11月上旬に、安曇野の作品展が開かれている、カフェ・ギャラリー『月とビスケット』さんへ行くことが出来ました。
『月とビスケット』さんは北アルプスを望む安曇野にあり、いろいろなイベントや展示を行っているようです。
店内にある本棚には絵本を中心とした蔵書も多くあり、オリジナルブレンドのコーヒーや紅茶、そして、店内で焼かれる季節ごとのお菓子も楽しむことができます。
この日の焼菓子は私の大好物のタルトタタン
まさにこの土地ならではの旬のもの。
あまりの美味しさにお代わりしちゃいました。
店内に『やまぐちめぐみ作品集』がありました。
2018年4月に出版されたものですが、残念ながら現在は絶版となっているそうです。
この作品集には製作年が不詳のものから2015年の絶筆となった作品までの80点が紹介される他、彼女の残した一文も収められています。
この日、やまぐちめぐみさんの作品に魅了された私は、後日『やまぐちめぐみ作品集』の中古本を入手することが出来ました。
この作品集には『月とビスケット』さんで見せていただいた絵のほとんどが収められていますので、いくつかの作品を紹介させていただきます。
〝風船を持つ少女〟(製作年不詳)
作品集の冒頭を飾るこの作品は店内のギャラリーでもひときわ目を引くものでした。
赤い風船と赤い水玉の白いワンピース姿の少女からは強い意志のちからのようなものを感じます。
〝ハーモニカを吹く女〟(1999年)
左手にハーモニカを持ち、瞳は真っ直ぐに前方に。
私には少女に見えるこの子にも強いものを思います。
「ひとりになるなら、全く知らない、違う土地がいいと思ったの」
やまぐちめぐみさんは、小学生だった子どもたちと別れるしかなく、生まれ育った関西から知り合いもいない東京へ、思いを断ち切るようにやって来たのは1997年、31歳の時だったそうです。
その頃の、彼女のおかれた厳しい状況や自身の決意が絵に表現されているような気がします。
中野にある無国籍料理店『カルマ』で働くようになり、彼女の第2の人生が始まりました。
この店には、画家やイラストレーターが多く出入りしていたので、彼女の中に眠っていた創作意欲が高まってきて、2000年、34歳で美術の専門学校へ通い始め本格的に絵を描き始めます。
〝入り江の風景〟(2007年)
冷たい空気と静けさを感じる風景画。
〝蝶の髪飾りの女〟(2008年)
人物画では女性を描くことが多かったようですが、初期のころの絵にある厳しさを思わせる眼差しが優しくなって来ているように思います。
すでに、自身の病気が深刻になっていたようです。
〝花〟(2013年)
大きなパネルに向かうことが困難な病状となっていた、やまぐちめぐみさんは画用紙にオイルパステルで描き始めます。
そして、このころから、めぐみさんは、花、天使、鳥や猫やうさぎなどの生き物、幼子などをやわらかく描くようになっていきます。
〝髑髏のネックレスの女〟(2013年)
〝小舟の黒猫〟(2014年)
〝木の下の二人〟(2014年)
31歳で別れた子どもたちと、11年後に再会を果たしたそうです。
めぐみさんの病気を知った家族がつないで、大人になった息子と娘がそろって会いにきました。
その後、連絡を取り合うようになって、めぐみさんの家に何度も通ったそうです。
めぐみさんの娘さんの梅地萌美さんは、自身の悩みに対するめぐみさんの助言から、今になって母の生き方を理解できるようになったそうです。
〝雪だるまを抱く少女〟(2015年)
〝猫を抱く少年〟(2015年)
好きなことができる機会が目の前に現れた時、「私なんかに無理」と反射的に浮かんでくる気持ちをぐっと押し込めて、「やってみよう」と動いてみる。
やると決めたら、とことん向き合って自分のものにする。勇気を振り絞って切りひらいた道の上を、めぐみさんは歩いていた。
『絵描き・やまぐちめぐみ 愛らしさは、つよさ』(取材・文 石川理恵 暮しの手帖 2022夏号より)
「ありがと、みんな」
この言葉を前日のツイッターに残して、2015年9月1日、やまぐちめぐみさんは旅立った。