あれから1年、コロナウイルスとの日々。そして、あれから10年、再び大地震の翌朝。
新型コロナウイルスによってこれから起こるであろうことの重大さに私自身が行動を起こし始めたのは昨年の2月16日だった。
あれから1年。
未知の感染症が世界中に広がり、感染した人は世界で1億835万人、死者は238万人を数える(2月14日現在 ジョン・ホプキンス大学による)
日本では感染者数414,582人、死者6,932人 (2月13日現在NHKまとめ)と約100年前に流行したスペイン風邪以来の大きな感染症となっている。
会社でも業務と感染予防の両立に最大限の注力を続けてきた。
昨年の3月に立ち上げた災害対策本部は危機に備える〝レベル1〟を発動して今日まで継続中である。
その日から社内の防災連絡LINEを通して私は毎朝のメッセージを皆に欠かさずに送ってきた。
昨年末の第3波の際、日ごとに増える感染者数を前にして、「いよいよ正念場だな」 と覚悟する。
政府は1月7日に2度目となる緊急事態宣言を発出。
翌8日をピークに感染者数は徐々に下降してきたが、医療機関の逼迫は続いている。さらに変異ウイルスが市中に広がってきていることも懸念される。
いよいよ日本国内でも新型コロナウイルスのワクチン接種が始まろうとしている。
世界で一番ワクチンの接種が進むイスラエルを始めとして各国からワクチンの有用性と副反応についてのデータや知見が集まってくる中で、世論はワクチンに対する不安論からワクチン待望論に変わっているように感じる。
そんな時にやって来た。
昨夜、2月13日午後11時8分頃、福島県と宮城県を震度6強の大きな地震が突如襲った。
私はすでに床に入った寝込みに突然、携帯の緊急ブザーが大音量で鳴り響き、地震の接近を知らせるアナウンスが入る。
足元で寝ていたリボンと次郎の犬たちも異変に気づき飛び起きた。こんな時に犬の感覚は鋭い。
やや間があったのちに大きな揺れがやって来る。揺れが長く続く事で大きな地震が起こっていることを思った。
震源地は福島県沖で地震の規模はマグニチュード7.3、震源の深さは約60キロメートルと深く、津波警報は幸いに発令されなかった。
テレビをつけるとNHK仙台放送局の映像が流れてきた。
非常に激しい縦揺れと横揺れが地震の大きさを教えてくれる。
もうすぐ3.11のあの日から10年になろうという時に、あの日と同じ地域を襲う大きな地震。
10年前にあの地震を経験した人たちのことを思う。
あの日を知る人たちは瞬間的に巨大津波がやって来ることを思ったに違いない。その恐怖は知るものでないとなかなか判るものでないと思う。
さいたま市南区は震度4。
経営会議メンバーに明日の朝、会社の内外の調査をすることを伝える。
今朝のニュースには避難所の様子が映し出されていた。このコロナ禍ゆえに密を避けるために避難所内にテントが設営されている。
ここ1年のコロナ禍で、台風や地震などの自然災害が発生した際の避難所の問題がたびたび指摘されてきたが、これは訓練ではなく実際の出来事が起こったことをニュース映像は伝えている。
10年前に3.11を経験した地域と人達が、あの時は余震や津波、そして放射性物質に怯る日々を過ごした。そしてまた、コロナという見えない感染症ウイルスに怯えながら余震がおさまるまでの日々を過ごさなくてはならない。
私はこのコロナ禍の1年、どうか首都直下型の巨大地震や超大型の台風が来ないことを祈ってきた。
コロナだけでも経験したことのない大きな困難に直面しているのに、そこへさらに大きな自然災害がやって来たら大変なことになることは容易に想像つく・・
〝平時から非常時へのビジネスモデルの転換〟
今期のスローガンへの取り組みをもう一段アップデートしようと思う。